上野 佳奈子

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※本ページ記載の役職は作成日現在のものです。

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多様な価値観に触れ、自分のスタイルを探そう

明治大学理工学部建築学科  准教授 上野 佳奈子

【現在までの歩み】

大学進学時は具体的に学びたい学科は決まっていませんでした。東京大学では学部2年の夏に学科を選択します。幼い頃から絵や図形を描くことが好きだったという理由から、何となく建築学科を選択しました。建築学科に入り、建築の「カタチ(意匠)」や「建築設計」よりも「人の感覚や心理面から建築のあり方を考える」ことに興味があるということに気づきました。学部から大学院修士課程への進学は理系学科において多くの人が進むルートでしたが、博士課程への進学が分かれ道だったと思います。恩師である橘秀樹先生から与えていただいた研究テーマが非常に面白く、そのテーマについてまだ研究したい、自分で納得できるまで続けたいという気持ちから博士課程への進学を決めました。研究者になりたいという明確な意思があったというよりは、「研究をやりたい・続けたい」という気持ちが進路を決める原動力になりました。その後、研究者として育ててもらった研究室での経験と、それとは対照的な海外の研究室での滞在経験から、自分の研究スタイルが築かれてきたように思います。

【研究内容について】

室内音環境の評価・設計法を研究テーマとしています。室内ではその用途によって様々な活動が行われますが、そこではどのような音の響きが求められているか、それぞれの活動に相応しい音環境を生み出すために、建築設計はどうあるべきかなど、人にとって暮らしやすく魅力的な生活環境を社会に提供するための研究です。私が学生時代から一貫して取り組んできたのが、コンサートホールの音響です。そのなかでも私は、演奏者の立場からみたコンサートホールの音響を研究してきました。演奏者にとってどのようなコンサートホールが相応しいか、カタチ(建築設計)やモノ(建築材料)を評価・検証し最適な響きを創造するための基礎研究です。大学院~助手時代には、バイオリニストの千住真理子さんをはじめプロの演奏家に協力いただきながら、大規模な実験施設を使って、芸術と工学の懸け橋となることを目指して研究していました。この研究の展開として数年前からは、“音環境共有プロジェクト”(JST、CREST、H21-H27)で開発した“音響樽”を用いた研究を行っています。これは、80チャンネルのマイクで収録した空間の音情報を96チャンネルのスピーカーを内包した樽型防音室内に再現するもので、ホール音響の研究の他、複数の“音響樽”をつなぐことであたかも同じ空間を共有しているかのような濃密なコミュニケーションを行うことも出来ます。人の存在感や場の空気感までをも高精細に再現するオーディオルームとしての利用、視覚障碍者の訓練装置などへの利用を目指しています。近年、新たに取り組んでいるのが、保育園・学校における、音環境の問題です。音の問題が生じやすいオープンプラン教室や、学校以上に騒々しさが当たり前の風景として定着している保育園や幼稚園について、現状把握や設計手法の提案、音環境改善の取組みを行っています。言語や聴覚の発達段階にある子どもにとって音環境は重要な役割を担っており、時には学校の教員や児童、保育士さんたちと協力しながら、日々の学びや生活を支える音環境づくりを模索しています。目の前の現場の要請に直接向き合えることがこの研究の魅力です。

【海外での研究生活を通して得たもの】

2004年10月から1年間、鹿島学術振興財団の研究者交流援助を受け、ボストン大学に滞在しました。滞在先として、Barbara Shin-Cunninghamという女性が率いるAuditory Neuroscience Laboratory(聴覚神経学研究室)という場所を選びました。研究者としてフィールドを開拓中だった当時、音環境の認知に関して、聴覚の生理的機能だけでなく能動的意識の関与や学習・適応といった人間の本質に向かう挑戦的な研究をしている彼女に惹かれ、訪問先を決めました。Barbaraはとても魅力的な研究者でした。動物的で情感にあふれ、圧倒的な言語能力がある。獲物を狙う獣のような鋭さで研究に向き合う。私は彼女から、未知の問題に立ち向かうときのハンターのような集中力と、なにより人を大切にする姿勢を学びました。年齢や経歴の別なく素で相手に接し、個々人のモチベーションを尊重する。当時彼女は子育て中で、さらに週に何度かはジムで体を動かしてから大学に現れるので、研究室にいる時間は長くはない。しかし部屋にいる間はバランスボールに座りモーレツな集中力で次々と仕事をこなしていく。研究費はモノを買うことにはごく少額しか使わず、その使途はほとんど人件費でした。そこでの研究スタイルは、私の中で常識となっていた人的コストよりも施設や設備に関わるコストを重視し、その運用により成果を上げようとする工学系研究室のやり方とは、まったく異なるものでした。その数年後、縁あって明治大学の建築学科に職を得ました。毎年研究室に配属される学生とともに、自分たちの探求心を原動力にプロセスを楽しみながら自らを鍛えつつ、社会や文化への貢献を目指す研究スタイルを、Barbaraとの時間を重ねながら模索しています。

【学生・若手研究者へメッセージ】

何事にも情熱を持って取組むことが大切だと思います。上手くいったら嬉しい、失敗したら悔しい。そういう感情が力を伸ばします。大学は社会に出る前の最後の教育機関ですが、大学を出てからの「伸びしろ」もとても大きいと思います。「自分の力を伸ばそう」という気持ちを持ち続けて欲しいですね。私の場合は将来のビジョンを描けないまま研究者の道へ進み、熱意をもってやれることを続けるうちに、幸運にも自分を活かせる居場所、楽しくやりがいを感じられる仕事をみつけることができましたが、やはり「(研究を)やりたい」という強い気持ちをもって背伸びを続けてきたから、色々な状況がついてきたのではないかと思います。「嬉しい」「悔しい」「やりたい」という気持ち。それを大切にしてください。