福田 康典

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※本ページ記載の役職は作成日現在のものです。

福田先生記事

一歩だけ「いつもの自分」の外に出てみよう
日々の思考のあり方にも研究や仕事のやり方にも、もう1つの選択肢が見えてくる

明治大学商学部 教授 福田 康典

現在までの歩み】

学部時代はごく普通の学生だったと思います。特に研究者を目指していたわけではなく,もう少し大学にいたら何か見つかるかもしれないなぁといった漠然とした思いから大学院に進学しました。大学院に入ってすぐにアメリカに行く機会があって,そこで知り合った院生たちといろいろと話をしていくうちに,研究の面白さというものに何となく気づいたというか,自分には研究職が向いているのかもと思ったことが,研究者への道を歩み始めたきっかけです。修士論文を書き終わる頃には研究が面白くなっていたんです。自分が所属していた研究室は,何をどのような方法で研究するかについて比較的自由に決めることができたので,それも自分に合っていたんだと思います。院を出た後は,高崎経済大学や当時の明治大学短期大学で3年くらい非常勤講師を務めましたが,その後明治大学に専任講師として着任して以来ずっと明治。生粋の明治っ子です。2013年から2年間,在外研究としてイギリスのウェールズにあるカーディフ大学ビジネススクールで客員研究員を務めました。研究上の刺激を受けたことは言うまでもありませんが,まったく異なる価値体系,社会制度,そして文化コードを持った異国で一から生活の基盤を作っていく過程が経験できたのは何よりラッキーでした。これまでのものの捉え方や考え方が大きく揺さぶられましたからね。私の研究領域は消費や生活というものが中心テーマになりますから,他国でそのフィールドワークができたことは,本当に大きな財産になっていると思います。

【研究内容とその魅力について】

 マーケティングの中でも市場調査やマーケティング・リサーチと呼ばれる領域を研究しています。人が何かを交換する場を市場というのですが,その市場で起こっていることをどのようにモデルにしていくかということが基本的な研究内容になります。他にも,伝統工芸品を研究するグループに所属しているのですが,ここ数年は陶磁器の産地(有田、備前、赤津など)をフィールドワークしながら、商品・産業の変容という時系列的な視点と、地域の産業復興の中での陶磁器産業の役割という横断的な視点の双方から研究を進めています。

研究の魅力はいくつかあると思います。いろいろな研究をサーヴェイしながらロジックを埋めていくのは達成感のある楽しい作業です。誰もが知っているような著名な研究者の論文を読みながら、一人研究室で「なんでやねん!」ってツッコミを入れたりしてますよ。経験データを通じて仮説を検証する時のハラハラする気持ちも中々他では得られないものです。まぁ、思っていたような結果が得られないとしばらく塞ぎ込みたくもなりますが。やったことに対して全責任を取るけれど,成果も自分のものとして評価される,という分かりやすさも研究の魅力かもしれませんね。自分としては,研究で得られる成果より,研究のプロセスの方に魅力を感じています。バラバラに散らばっているいろいろなパーツが、何かをきっかけにふっとつながり、それまで何となく分かったようで分かっていなかったようなことがすとんと腑に落ちる瞬間があるんです。そんな時は、何とも言えない高揚感が得られるのではないでしょうか。

【子育てとワーク・ライフ・バランスについて】

比較的時間に融通が利く部分がありますから,子育てには参加しやすい環境にあると思います。特別に忙しい時期で無い限り,私自身、なるべく多くの時間を家族と一緒に過ごすようにしてきたつもりです。ですが、イギリスのパパたちに比べるとまだまだだなぁと思います。イギリスでは、小学校への送迎が義務付けられています。送迎はお母さんの役目なのかと思いきや、とんでもない。朝から多くのお父さんが子供たちを連れて学校に足を運び、先生たちとコミュニケーションをとっているシーンを毎日見てきました。そうした場でお父さん同士も顔見知りになるので、会えばファーストネームで呼び合い話もするし、誕生会やハロウィンパーティーにお父さんが参加するケースも非常に多かったですね。お父さんだって楽しいんですよ、子供と一緒にいるのは。これは日本でもイギリスでも一緒ですね。ただ、そうした「お仲間」が多くいるイギリスの方が断然子育てに関与しやすい雰囲気でした。仕事にかける時間も日本とは大きく違うようでした。なにせ、多くの人たちは5時になるとキッチリ仕事をやめますから。きっと、みんながそうすれば、そうするために段取りを組みますから、自然と皆が5時あがりになるのではないでしょうか。某有名日本企業で働いていたイギリス人が「ジャパン・タイム」について話をしてくれました。6時を過ぎてから日本人スタッフだけで会社に残って仕事をする時間があるそうです。イギリスにあってもそのスタイルは変わらないんですね。うまく表現できませんが、無理をして人一倍働く人が偉いという通念は、イギリスの職場にも家庭にもあまり見られなかったように思います。もちろん、なんでもイギリスのやり方がいいというわけではないのですが、仕事とは別の生活シーンが堪能できるような働き方が身近にあるというのは、少しうらやましかったですね。

【学生・若手研究者へのメッセージ】

渡英して1か月位経った頃、娘の遠足があったんです。通っていた学校は現地のごくごく普通の公立学校で日本人はスタッフも学生もともにゼロ。学校からのレターには、来ていく服が制服なのかP.E.キット(運動用のウェア)なのか、お菓子は持って来ていいのかなど何も書かれていない(笑い話じゃないですが、日本の小学校ではこの手のことはかなり細かく指示されるんですよ)。娘だけが他のお友達と違っていたら可哀想だという思いで学校に行き、クラス担任に聞いてみました。するとキョトンとした顔をして「なんでそんなことを私が決めなきゃいけないの?農場に行くのは分かってるんだから、どんな格好で何をするかはヤス(私)とチハル(娘)で決めればいいんじゃない」と不思議そうに答えるのです。その時、自分の思考を支配している日本モード、つまり「誰かがすべきことを指示してくれる」と「みんながやることが正解」という2つの通念の存在にはたと気づきました。日本の教育課程の中では、イギリスに比べると、先生の言うことをよく聞いてその範囲内で課題をこなすタイプの学生が高く評価される傾向があるようです。それはそれで有効な教育のあり方だと思います。ただ、そうしたシステムの中で長らく教育を受けていると、指示を受けることが前提となり、みんなと同じようにやることが優先されるようになる、つまり自分自身で考えて何かを選択するということを極力避けるようになってしまうのではないかと思います。私が遠足のことを自分自身で考えなかったように。学生や若い研究者の皆さんは、社会に出た途端、急に自分で考え選択することを要求されます。これまで極力避けるように言われてきたにも関わらず、まるでそんなことは無かったかのように。残念ながら、皆さんをそんな理不尽な戸惑いから救い出せるような処方箋を私は持ち合わせてはいません。ですが、このことに早めに気づき自分で選択をすることを意識し続けることは、今日からでもできる皆さんにとって大事なことなのかもしれません。